他者意見から、稲穂を想起
写真のレタッチをしていて、自分では気にならなかったけど、他の人が気づいている事などがありまして。
「わたし、まだまだだね」と、なりました。
まあ実際その時はあまり重く受け止めすぎず「そんな見方があったか!」って感じでした。
そもそも観察力・経験・社会通念・所属・性別・国・マナー・教養・興味・好み・思考法などの違いから、着眼点も人それぞれでしょう。
ところが少し間を置いてあらためて感じるのは、他人の意見が「新たな気づきをもたらすキッカケになるな」という点。
ひとりひとりの視座が異なるからこそ、多くの「!」が発掘される気がします。
(ブレインストーミング的な観点から捉えた、筆者の感想です)
経験を積んだり、実績が増えると、自信がついてくるかもしれません。
かわりに他者への受容・リスペクト、もしくは普段の内省なんかが不足気味だと、天狗に陥りやすくなりそう。
鼻が伸びると他人の意見を軽視して、貴重な情報をスルーしかねない。
だからこそ「異なる意見」に是非を問う前に、一度はフィルターに通しておきたい。
そのためには、謙虚さが必要になるのかな?なんて気がします。
本当に些細な出来事でしたが、とにかく「稲穂に倣おっかな?」という気持ちが呼び起こされました。
そんなこんなで、自戒の意味を込めて、ブログをしたためてみました。